空海 即身成仏儀 口語訳+完全訳
いいか、よく聞きなさい。
仏になるというのはな、
遠い未来の話でも、
来世に持ち越す約束でもない。
この身のままで、今、仏になる。
それが、私の言う「即身成仏」だ。
多くの教えではこう言うだろう。
「気の遠くなるような時間をかけ、
善い行いを積み重ね、
やっと仏になれる」と。
だが私は、そうは説かない。
なぜなら――
そもそも、あなたは仏から離れてなどいないからだ。
あなたのこの身体、
言葉、
そして心。
それらはみな、
大日如来の身体・言葉・心と、もともと同じものだ。
違うのは、ただ一つ。
それに気づいているか、いないか。
山や川、大地や星々を見なさい。
あれはただの物質ではない。
すべてが仏のはたらきであり、仏の語りかけだ。
宇宙そのものが仏の身体であり、
あなたもまた、その一部ではない。
あなた自身が、仏の現れなのだ。
では、なぜ凡夫なのか。
それは、
仏でないからではない。
迷っているからだ。
迷えば凡夫。
悟れば仏。
それだけの違いだ。
即身成仏とは、
凡夫の身体を捨てることではない。
凡夫の心を壊すことでもない。
ただ、
もともと備わっている仏のあり方を、
はっきりと自覚すること。
それだけだ。
印を結び、
真言を唱え、
心を静かに定める。
そうして、
身・口・意が仏とずれなく重なったとき、
あなたはすでに、仏として生きている。
だから言おう。
即身成仏は、誇張ではない。
夢物語でもない。
選ばれた者だけの特権でもない。
今ここに生きる、この身こそが、
仏へ至る場なのだ。
【原文】
即身成仏者。是大日如来之真言法也。
非顕教之所説。
若約顕教。歴三大阿僧祇劫。修六度万行。
然後乃得成仏。
若依密教。則不歴劫数。
於此身中。速証無上菩提。
【日本語訳】
即身成仏とは、
大日如来の真言の法である。
これは、顕教(言葉と理論によって説かれる教え)において説かれるものではない。
顕教の立場から言えば、
三大阿僧祇劫という、はかり知れない長大な時間を経て、
六波羅蜜および無数の修行を積み重ね、
そののちに、はじめて仏となるとされる。
しかし、密教によれば、
劫数を経ることなく、
この身のままで、速やかに無上の悟り(菩提)を証得するのである。
【原文】
問。若爾者。凡夫即成仏耶。
答。是也。
何以故。
一切衆生。本来即身成仏故。
【日本語訳】
問う。
それならば、凡夫であるまま仏となるのか。
答える。
その通りである。
なぜならば、
一切の衆生は、本来、即身成仏している存在だからである。
【原文】
但迷悟之別。
覚則即仏。
迷則凡夫。
【日本語訳】
ただし、それは
迷いと悟りの違いがあるのみである。
悟れば、すなわち仏であり、
迷えば、凡夫なのである。
【原文】
身密者。即仏之身也。
口密者。即仏之語也。
意密者。即仏之意也。
三密平等。
本来具足。
【日本語訳】
身密とは、すなわち仏の身体であり、
口密とは、すなわち仏の言葉であり、
意密とは、すなわち仏の心である。
この三密は平等であり、
本来すでに具わっているものである。
【原文】
凡夫之身口意。
亦是法身之三密也。
但以迷故。
不自覚知。
【日本語訳】
凡夫の身・口・意もまた、
法身(大日如来)の三密にほかならない。
ただ、迷いによって、
それを自ら覚知していないだけなのである。
【原文】
若得真言教。
以身結印。
以口誦真言。
以意住三摩地。
則凡夫三業。
即仏三密。
【日本語訳】
もし真言の教えを得て、
身体によって印契を結び、
口によって真言を唱え、
心をもって三摩地(深い定)に住するならば、
凡夫の三業(身・口・意)は、
そのまま仏の三密となる。
【原文】
三密相応故。
即身成仏。
【日本語訳】
三密が相応するがゆえに、
即身成仏するのである。
【原文】
六大者。
地水火風空識也。
是六大。
法身之体性也。
【日本語訳】
六大とは、
地・水・火・風・空・識である。
この六大は、
法身(大日如来)の本体そのものである。
【原文】
能造所造。
皆是六大。
六大之外。
更無別物。
【日本語訳】
造るもの(主体)も、造られるもの(対象)も、
すべて六大である。
六大のほかに、
別の実体が存在するわけではない。
【原文】
法身説法。
遍一切処。
非去非来。
非有非無。
【日本語訳】
法身は説法しており、
それはあらゆる場所に遍満している。
来ることもなく、去ることもなく、
有であるとも、無であるとも言えない。
【原文】
山河大地。
日月星辰。
皆是法身之説法也。
【日本語訳】
山や川や大地、
日や月や星々――
それらすべてが、法身の説法なのである。
【原文】
行者若如是観者。
自身即法身。
法身即自身。
【日本語訳】
修行者がこのように観ずるならば、
自己の身は、すなわち法身であり、
法身は、すなわち自己の身である。
【原文】
是故。
即身成仏。
非虚妄説。
【日本語訳】
ゆえに、
即身成仏は、虚妄の説ではない。
【原文】
顕教所説。
但説理性。
不説事相。
故成仏遅遠。
【日本語訳】
顕教の説くところは、
理(ことわり)のみを説き、
事(具体的な現れ)を説かない。
このため、成仏は
遅く、かつ遠いものとなる。
【原文】
密教不爾。
理事円融。
即事而真。
即真而事。
【日本語訳】
しかし密教は、そうではない。
理と事は円満に融け合い、
事そのものが真理であり、
真理そのものが事なのである。
【原文】
若離事而求理。
理不可得。
若捨身而求仏。
仏不可見。
【日本語訳】
もし事を離れて理を求めるなら、
理は決して得られない。
もしこの身を捨てて仏を求めるなら、
仏を見ることはできない。
【原文】
是故密教。
不捨此身。
不待他世。
即証菩提。
【日本語訳】
それゆえ密教は、
この身を捨てず、
来世を待たず、
ただちに菩提を証するのである。
【原文】
十住心論。
次第分別。
至秘密荘厳心。
方名究竟。
【日本語訳】
『十住心論』においては、
心の段階が次第に分別され、
秘密荘厳心に至って、
はじめて究極と名づけられる。
【原文】
或有疑云。
即身成仏。
是誇大之言耶。
【日本語訳】
あるいは、疑う者が言う。
即身成仏とは、誇大な言葉ではないのか。
【原文】
答。
不也。
若不即身成仏。
則法身説法成虚妄。
【日本語訳】
答える。
そうではない。
もし即身成仏が成り立たないならば、
法身が説法しているということ自体が、虚妄となってしまう。
【原文】
法身既常説法。
衆生常在仏智中。
迷悟之隔。
自心所生。
【日本語訳】
法身は、すでに常に説法しており、
衆生は、常に仏の智慧の中に存在している。
迷いと悟りの隔たりは、
ただ自己の心から生じているにすぎない。
【原文】
迷則衆生。
悟則仏。
【日本語訳】
迷えば衆生であり、
悟れば仏である。
【原文】
即身成仏者。
不改凡夫之身。
不捨凡夫之心。
【日本語訳】
即身成仏とは、
凡夫の身体を改めることではなく、
凡夫の心を捨て去ることでもない。
【原文】
但覚悟本有之仏性。
顕現法身之徳。
【日本語訳】
ただ、
本来そなわっている仏性を覚悟し、
法身の徳を顕現させることである。
【原文】
是名即身成仏。
【日本語訳】
これを、
即身成仏という。

